ぼくが外出先で「一人飯」ができなくなった出来事を語ります

こんにちは、りとです。

食欲の秋、皆様いかがお過ごしでしょうか?夏の終わりの物悲しさはちょっと辛いのですが、秋本番になってしまえば、美味しいものがたくさんある上にヴォジョレーの解禁も控えておりまして、楽しみでしかたがない季節です。

美味しいものを食べるのが好きです

ぼくはモヤシ人間なので、量を食べることはできないのですが、美味しいものをあれこれチビチビと食べるのは好きという、女子のようなおっさんです。

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楽描きで描いたのですが、この絵の表情なかなかいいですね…!きちんと仕上げようかな!?

そんなぼくなのですが、実はいわゆる「一人飯」ができません。

誰かと何か話しながらでないと、ダメなんですね。それは別に友達とでなくてももよくて、職場の人でも、出張先で出会った「初めまして」な方でも、誰とでもいいのです。

逆に、一緒に食べる相手がいないと、どんなに有名な名物がある場所に行ったとしても、何も食べないか、コンビニで移動しながら済ませられるものを食べて終わらせてしまいます。

一人飯」をディスる訳でもないし、「ランチを通じて人とのつながりを作りましょう!」みたいなのでもないのです。

とある絵との出会いが「一人飯」をトラウマにしてしまったのです。

石田徹也氏の「燃料補給のような食事」

ぼくのようなトラウマを広めてはいけないので、一応心を落ち着かせてからリンク辿ってくださいね。…でもまぁ、日曜美術館や美の巨人達でも取り上げられるような作家さんですから、そんなに心配しなくても大丈夫だと思います。

matome.naver.jp

どうでした?

石田達也さんという方は、独特の画風で社会を痛切に風刺した作品を描き続け、社会に認知されはじめた矢先の2005年に踏切事故で31歳の若さでこの世を去った画家さんです。(自殺という説もあります)

他の作品も、こちらの心をえぐる作品がとても多く「わかるわー」みたいな気持ちが止まらなくなる絵を何枚も描かれています。

そしてぼくは、ぼくは一人飯しようとするとこの絵が脳裏をよぎるのです。心に深く染み付いてしまったようです。この絵の反動で、食事は誰かと楽しくしたくて仕方ないのかもしれません。

我が家のダイニングにテレビがないのもそのせいかも?

「誰かと楽しく食事がしたい」というぼくの想いがどこかで働いてるのかもしれません。「家族で食事をしてるのに、みんなテレビに夢中で会話がない」というのが無意識に強かったのかもしれないですね。おかげで我が家は毎食楽しく食事ができてます。(子供は嫌なのかもしれませんが…)

と、ここまで書き連ねながら、「孤独のグルメ」の世界観にも憧れているぼくです。

もっと「イイ大人」になったら、ああいうことができる心の余裕もできるのかもしれませんね!