りとブログ

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「クールジャパン」にガッカリしてたので「先進美術館」が気になる

こんにちは、最近「森なんとか」や「家なんとか」や「イラクの日報なんとか」などで、公文書が「ない」とか「捨てた」とか「言ってない」とか大人が言ってる時代に、20歳の学生さんのすごく真摯な謝罪会見に心を打たれたりとです。

翌日の監督とコーチの会見も「未来ある若者のためにあえて悪役を演じてるんじゃないか?」と思うくらいの勢いですが、ぼくには他にも会見してもらいたい案件があるので今日はその話をします。

クールジャパンがひどい事になってる

ネタ元の記事はこちらです

gendai.ismedia.jp

詳しくは読んでいただければ良いかと思うのですが、310億円投資して、44億円は無駄になってるとか、「森なんとか」の値引き8億円の騒ぎではないです。

クールジャパンって言葉を見聞きし始めたのは、2000年の中頃の、ぼくが20代の頃でした。

「漫画、アニメ、日本食がカッコいいから世界へ発信しようぜ!」みたいなノリで、それは「オタク=宮崎勤のイメージ =犯罪予備軍」という方程式が社会に浸透していたため、あまりおおっぴらにできなかった自分の趣味が認められたようでとても嬉しく思ったものでした。

「クールジャパンって90年代のイギリスで起こったクールブリタニアの思想から形式までまんまパクリじゃん!」って批判に対しても「昔から他国の文化をじゃんじゃん取り入れてミックスして自分の国の文化にしてきた日本を象徴してて言い得て妙じゃん!」とかプラスに思ってたんですよ。

なのに「結果これかい!」です。

「このことについての会見はないのかい!?」とか思ってたら、最近またすごいニュースを目にしました。

「先進美術館」ってのを考えてるらしい

bijutsutecho.com

国の補助金で、国内のいくつかの美術館博物館を「先進美術館」指定して、見込みのありそうなアート作品を集めて値付けして、オークションで売ってアート市場を活性化させようというのです。

「美術館」や「博物館」を名乗るための定義ってやっぱりあって、ざっくり言うと「作品や文化を保存して普及するための施設」だとぼくは解釈してるんですね。

それぞれの美術館博物館が「イイ!」と思うものを集めて並べて展示したものを、ぼくらは「入館料」という形でお金払って見せてもらって楽しむわけじゃないですか。

なのでこの「先進美術館」構想は「なんか違う感」が半端ないんです。

もちろん、アート作品が売れないとアーティストは食えなって新しいアート作品が生まれなくなります。そうなったらぼくらアートファンは趣味が楽しめなくなってしまうわけですから、市場を活性化させる必要はあると思うのです。でも、なんかモヤモヤが止まりません。

「先進」すぎる!?

「これって美術館じゃなくてギャラリーの役割なんじゃない?」とも思うのですが、そういえば国立新美術館も、始めの頃は「作品を所蔵せず、企画展だけをやる新しいタイプの美術館」ってコンセプトが「それギャラリーじゃん!」なんて批判を浴びてたことも思い出します。

サロンが「良し」とする古典的な絵画表現がイイものとされていた時代に、戸外で一瞬の感動を画面に叩きつけたモネたちが「印象派」と酷評されたように、線をきっちりはっきり描いた伝統的な絵画が「これぞ守るべき日本画である」とされた時代に、西洋絵画のように輪郭のボヤけた絵を描いた横山大観が「朦朧体」とバカにされたように、新しい流れに対する拒絶反応なんでしょうか?

よくわかりません…。

でも、イイことにならない気がしてなりません!

ぼくは第一線で活躍するアーティストでもなければ、美術館博物館関係者でもなく、大きなお金を動かすこともできない、日曜日に絵やイラスト描いたり美術館に行ったりするのが趣味な一般人です。

そんな一般人感覚からすると、クールジャパンにせよ先進美術館にせよ、どうせ税金使うならもっと末端の、名もない個人が今まで以上にアートなり日本文化なりを楽しめるようになったり、今まで興味なかった人の目に留まるための仕組みや仕掛けにお金を使ってもらえたらイイなって思います。

やっぱそれじゃあ即効性がないからダメなんですかね?

まぁとりあえず、「言ってない」とか言わない大人であるために、以前にーちさんにお約束した「筋肉おっさん」イラストを掲載して今日は終わろうと思います。では!

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