普段インドアなぼくですが、美術館に出かけるのは大好きです。
最近は各地でアートイベントが盛んに行われるようになって、ついでに観光したり美味しいものを食べたり場所によってはスタンプラリーがあったりと、家族でアートに触れることができるようになってきました。
あちこち出向いていると、よく作品を目にする作家さんというのが出てきます。
その中の1人に、ヤノベケンジさんという方がいらっしゃるんですね。
代表作と言っても過言ではないくらい有名な作品に「トらやん」というのがあります。
腹話術の人形に防護服を着させたヤノベケンジさんの作品「トらやん」
トらやんは腹話術の人形がベースになっていて、子どものようにも見えますしヒゲが生えてるのでおっさんにも見える、ユーモラスで不気味な存在に見えます。そんな彼が着ている防護服は「アトムスーツ」と呼ばれるもので、放射線から身を守っているものなんですね。
そこから読み取れるのは「アトムスーツを着ていないと生きていけない世界を生きる未来の人たち」で「今の生活を続けた先の我々現代人の末路」を連想させるんです。
あ、以上はぼくの解釈です。
誕生秘話についてはこちらをご覧になってみてください。
トらやん登場のエピソード - ヤノベケンジ インタビュー|クリッピン・ジャム - Clippin JAM
ヤノベさんはトらやんたちを守る守護神「ジャンイアントトらやん」という作品もつくっています。
原発を使い続けることでやってくる未来の可能性の1つを常に表現し続けてきたヤノベケンジさんに、先日批判の声が殺到する事件がおきました。
福島駅付近に設置された防護服姿の子ども像
「サン・チャイルド」という作品なのですが、胸にガイガーカウンターのようなものを付けた防護服をきた子どもがヘルメットを脱いでいる姿なんですね。
この作品に対し、批判の声が殺到したというのです。
ぼくは驚いてしまいました。
調べると、
「防護服」から「福島が汚染されている」印象を受ける。
カウンターが0になっているが「放射線が全くない」というのはありえないので無知だ。
と言った声が上がっているようです。
「防護服を着た子どもがヘルメットを脱いで空を見据えている」姿はぼくには被曝の心配をしなくてよくなった未来を思わせる希望の象徴のように見えました。
そして前述した通りヤノベさんは昔から原発被害をテーマにした作品をつくって来られた方なので「無知」ということはないと思うんです。あえてカウンターの数値を「0」にしたのは強い想いがあればこそだという気がします。
アートは自由に解釈すればいい
ぼくは「アート作品は自由に解釈できるから楽しい」と思っています。
「良い」「悪い」じゃなくてい「好き」「嫌い」しか尺度はないと思っています。
なので、「サン・チャイルド」を見て不快に思う人がいてもいいと思うんです。
「サン・チャイルド」は実は福島市が「ここにおいて欲しい」とヤノベさんにお願いして展示されることになった作品なのです。
しかし、批判の声が大きくなりすぎてヤノベさんが謝罪する結果になってしまいました。
ぼくは福島から遠く離れた場所でこのニュースを知ったので「地元の方」が「肌で作品に接したとき」どんな気持ちになるかはわかりません。そして「大人の事情」があるのもわかります。
でも、モヤモヤしてしまうのです。
事前にもっと説明があったらよかったのかなぁ?
「アートは自由に解釈すればいい」のジレンマ
そして、この「モヤモヤ」はあくまでぼくの解釈なのです。
ぼくは「アートは自由に解釈すればいい」と思っていますが、この考えを人に押し付けた瞬間、誰かの「自由に解釈する」ことを邪魔してしまうことになって、ぼくの考え方は破綻してしまうことになります。
改めて、アートの難しさを感じたニュースでした。
そして、こんなに色々考えさせられる作品をつくるなんて、やっぱヤノベさんは偉大だな、と思いました。