【読書感想】『熱帯』多重額縁構造の物語

今日は森見登美彦さん著の小説『熱帯』を読み終えた感想を書こうと思います。

熱帯

熱帯

 

いつもの通り、あらすじ紹介程度のネタバレがありますのでお気をつけください。

額縁構造

確か中学校の頃だったと思うんですが、国語の授業で「物語の中で登場人物が物語を語る」展開をする形式を「額縁構造」と習いました。

主人公が語り部のような人と出会い、その人が語る話を主人公視点で読者が読んでいく構造ということなのですが、絵が好きだったからか「額縁構造」という言葉が鮮明に記憶に残ってしまいました。

いうまでもなく、絵にとって額縁は、絵の世界と現実世界を隔てる役割を果たしてます。

これを逆手にとって、絵の中に額縁を描いたり、額縁の外にまで絵を描いたりして見る人の目を騙す作品もあったりして、一般に「トリックアート」と言ったりしますよね。

『熱帯』はまさに「小説版トリックアート」といったスタイルになっています。

額縁が何重構造にもなってるんですよ。

登場人物と出会った人が語った話の中に登場する人が語った話の中に登場する人が語った話の中に登場する人の話…みたいな感じです。

作中の言葉を借りるなら次々に「扉」を開いていくような感覚です。

このトリックを楽しめるなら「すごく面白い!」

しかし迷子になったら「意味わからん!」

ってなりそうな、そんなお話でした。

最後まで読んだ人がいない本

物語冒頭に登場するのは最近スランプ気味の小説家の森見さんです。(著者本人?)

森見さんは昔「佐山尚一」という人が書いた「熱帯」という小説を読んだことがありました。

古本屋のセールで出会った本だったのですが、残念なことに読んでいる途中で本をなくしてしまったのだそうです。

当初は「また買えばいいか」と思ったのですが、どこを探しても見つからず、ネットの検索にも出てこず、誰に聞いても知らないと言います。

そんな森見さんが、友人と不思議な読書会へ参加します。

「沈黙読書会」という名のその会は、参加者が何らかの「謎がある本」を持ち寄って、お互いの本について語り合う会でした。

興味本位で来てみた森見さんでしたが、そこでなんと「熱帯」を持参している女性と出会います。

この「白石さん」に「熱帯」について訪ねたところ、驚くべきことを言われます。

「この本を最後まで読んだ人間はいないんです」

白石さんが言うには「熱帯」は読んでいる途中で本が姿を消してしまうのだそうです。

そんな本がなぜ今、白石さんの手元にあるのか。

白石さんはおじさんの経営する鉄道模型店で店員として働いているのですが、この店の常連客の「池内さん」という男性と世間話をする仲になりました。

大の読書家である池内さんから「夢中で読み進めていたのに途中でなくしてしまい、以来ずっと探している本がある」との話を聞きます。

白石さんがボソリと「その本、自分もむかし読んだことあるような…?」というと、池内さんの表情が変わります。

その後、池内さんは白石さんに自分が参加しているとあるサークルを紹介します。 

「学団」と自分たちのことを呼ぶ「熱帯」の謎を追うグループでした。

「学団」のメンバーは、過去に「熱帯」を読んだことがあり、結末を知りたいと言う願望に囚われてしまった人たちで構成されていて、それぞれの読んだ内容の記憶をすり合わせて、物語を補完しようとしていました。

白石さんの「熱帯」の記憶をきっかけに、「学団」が構成していた物語に大きな変化が訪れます。

これをきっかけに「学団」のメンバーそれぞれが不穏な動きを見せはじめ、白石さんの語る「学団」の物語は、果てしない冒険の物語になっていくのです。

おっと語りすぎました!

なんとなく物語のイメージが湧いたでしょうか?

この、場面がどんどん切り替わりながら「熱帯」の深淵にどんどんと潜っていく感覚がすごく楽しい小説なんです。

以前、文字だけで表現される小説ならではのトリックの話を書きましたが、これもまた「今、何時代の誰目線?」って迷いながら読むのが面白い小説でした。

rito.gameha.com

 ただ、こちらの高い読解力を求めてくるのも確かで、ぼくもページを行ったり来たりしながら読みました。

決して疲れた時に気楽に読める小説ではありませんが、たまにはこういう骨太の物語にどっぷり浸かるのもいいなぁ!と思ったのでした。

でも「誰も読み終えた人がいない本」って読書好きなら、そそられますよね…!