また一気読み必至のすごい小説に出会ってしまいました。
これは危険な本です。
平野啓一郎さん著の『ある男』です。
平野啓一郎さんの小説は『マチネの終わりに』というのがゴンゴンにSAN値を削られながらも続きが気になる危険な作品だったので、ちょっと新作は様子を見てたんですよ。
ですが、Kindleアンリミテッドで無料で読めることに気がつき(2019年8月1日現在)ちょっと読んでみたらもうだめでした。
最後までずっと続きが気になる展開でした。
というわけで、あらすじ紹介程度のネタバレ込みでちょっと語ります。
やっと幸せになった女性の旦那は他人に「成りすまして」いた
主人公「城戸」さんは妻子持ちの弁護士さんです。
物語は「里恵」さんという、かつての依頼人の女性から奇妙な相談を持ちかけられるところから始まります。
この里恵さん、とある男性と結婚し2人の子を産むのですが、次男くんを2歳の時に脳腫瘍で亡くします。
次男くんの療養について夫と意見が割れ、結果として我が子を苦しむだけ苦しめて死なせてしまったことがトラウマになっています(次男くん生前のエピソードは本当に泣けます)。
もともとプライドが高く、女性を下に見るところがあり、育児の一切を自分に丸投げしていたこの夫と「もう今後は人生を共に歩めない」と考えた里恵さんは、弁護士の城戸さんに依頼し、長男くんの親権を自分が持って実家の宮崎に帰ったのでした。
実家の文房具店を手伝いながら、暗澹たる気持ちで日々を過ごしていた時に、とある男性のお客さんと顔見知りになります。
「大佑」さんという彼は、趣味の絵を描く道具を買いに来ていました。
大佑さんと次第に打ち解けていくことで里恵さんは元気になっていきます。
初めは寡黙だった大佑さんも次第に里恵さんに心を開いていきます。
彼は、東北の旅館の次男坊で、親や兄との確執と旅館の後継ぎで揉めに揉めて飛び出して、あてもなく宮崎にやってきたというのです。
東京での結婚に失敗して帰ってきた里恵さんと、実家を捨てて宮崎にやってきた大佑さん。
2人は結婚しました。
長男くんも、大佑さんにすっかり馴染み、本当の親子のようになります。
ほどなくして、女の子が産まれます。
里恵さんは心から「幸せだ」と思える結婚生活を送ります。
しかし
大佑さんが「事故死」してしまいます。
林業に従事していた大佑さんは、倒木に巻き込まれてしまったのです。
危険がつきものの仕事とわかっていた大佑さんは「自分に万が一のことがあっても、絶対に実家には言わないで欲しい」と里恵さんに言っていました。
しかし「身内の不幸を知らないのは悲しいことなのでは」と思った里恵さんは、聞いていた旅館に連絡します。
連絡を受けた、旅館の跡を継いだ長男がやってきます。
そして遺影を見た大佑さんの「お兄さん」が言うのです。
「この男は弟ではないです」
大佑さんから聞いた旅館に連絡をして、兄だと聞かされていた人物がやってきて、大佑さんから聞いてた通りのお人柄で「これは確かに実家を飛び出してしまいそうだな」と理恵さんが思っていた矢先、そのお兄さんに「この弟は偽物だ」と言われてしまうのです。
何者かが「東北の旅館の次男坊で実家を捨てた大佑さん」になりすましていたのです。
自分は一体だれと結婚していたのか?
「幸せだ」と感じていた結婚生活はなんだったのか?
混乱し、どうしていいかわからない里恵さんは、かつて親身になってくれた弁護士の城戸さんを思い出し、相談するのでした。
ここまでですでに目が離せないのに、まだ「導入」なのです。
物語は「里恵さんの旦那は何者だったのか?」を探るサスペンスになりそうじゃないですか?
里恵さんに感情移入しちゃって早く謎が解明して欲しいじゃないですか。
でも、あくまで、物語の主軸は「この奇妙な事件に出会った城戸さん」なんです。
城戸さんは、この事件に取り憑かれてしまったようにのめり込んでしまうのです。
この、戸籍ごと別人になりすましていた「ある男」にある種、憧れのようなものを抱いてしまうのです。
城戸さんは、韓国人の血を引く日系三世なんです。
今まで、そんなことは全く気にせず、日本人として生きてきたのですが、東日本大震災以後の日本の排外主義的な世論や嫌韓ムードに「えも言えぬ恐怖」を感じるようになっていたのです。
自分の血筋のせいで、ある日突然、何者かに暴行をくわえられるのではないか?
自分の家族にも危害が及ぶのではないか?
世の中の空気が城戸さんにそう感じさせていて、東北の復興支援などに過剰なほど積極的に参加したりして、結果として家庭を二の次にするような態度に奥さんとも最近ギスギスしている、といった現状があったのです。
物語は、城戸さんが「ある男」の正体を追いながら、自分自身と向き合う、哲学的な内容になっていくんです。
自分の力ではどうにもならない「生い立ち」と言うステータス
ぼくは割と楽観主義者なので「人生」って本人の行いでいかようにもなると思ってるし、その気になればある程度の「やり直し」もなんとかなると思ってるんですね。
でも「生まれた場所」と「親」だけは、自分ではどうにもなりませんよね。
そして、そのせいでいろんな悩みを抱えたり制限がかかることって、よく考えれば思いの外多いものです。
もしこれらが、なんとかなるなら…。
また、自分が誰かを「生い立ち」だけで色眼鏡でもし見てたら…。
このお話を読み進めながら、自分のケースに当てはめて、ついいろんなことを考えてしまいました。
そんなことを考えながらも、ラストには城戸さんに里恵さんにも幸せになってもらいたいと願いながら、最後まで一気読みしてしまいました。
この物語、上手いなぁと思うのが、全てを語らないところなんですよ。
なのでこちらが考える余地が沢山あって、ラストまでここで語りたいエピソードがわんさかあるのですが、もれなくネタバレになるのでこのくらいにしときます!
本当は冷静に議論しないといけない案件に対しても、すぐ人権を攻撃するような言葉を使ったり「ガソリン持ってくぞ」てFAXが届く時代に読むべき物語だと思いました。
こちらで試し読みもできるみたいなので、よければぜひ!
ぼくが麻薬のようにやられてしまった『マチネの終わりに』の感想もよければ!