りとブログ

イラストと読書と雑記のブログです

直筆に対する信仰みたいなもの

ニュースなんかで芸能人が直筆のメッセージを公開することがあるじゃないっすか。

結婚の報告とか、何かの謝罪とか。

「なんで直筆なんだろう?」って思うことがあります。

別に直筆じゃなくてもいい気がして、なのにみんな直筆を発表してて。

直筆の方が心がこもってるからってことなんだろうな~とは思うんですよ。

ぼくら世代って、履歴書が「Wordでも可」が始まり出した頃だったんですよね。

でも、Wordの履歴書送るのってなんか抵抗がありました。

楽しているように思われるんじゃないか?

誠意が伝わらないんじゃないか?

そこには「アウラ」が篭っていないんじゃないか?

…と疑心暗鬼になって結局就職活動は手書き履歴書を通したんですよね。

一体何枚書き損じたか。

そして、そのせいで、どれだけの時間を費やしたか。

でも、履歴書受け取る側になってみると「Wordの方が読みやすいなあ」とだけしか感じないんですよね。これが。

仕事のちょっとした連絡のメモ書きとかも、ポストイットに走り書きされたものがデスクに貼られてて「達筆すぎて読めない」ってなることありますよね。

メモの手書きもらっても全然嬉しくないですよね。

でもきっと「アウラ」は存在するんでしょうね。

「アウラ」って日本では「オーラ」って呼ばれてて「魂」とか言ったりするやつです。

魂と塊は似てますが違います。

塊魂は面白いです。

この「アウラ」についてはアート界隈ではいっときよく話題に上がってた気がします。

「デジタルの表現にアウラは宿るのか?」みたいな。

アートに限らずプライベートで誰かから手紙をもらうとしたら、手書きの手紙とPCでタイピングしたものをプリントアウトしたものと、どっちがいいかって言われると、確かにプリントアウトしたものは味気ないかもしれませんね。

ラブレターがデジタルだとラブソングも生まれそうにありません。

ところで、ラブレター送ったりもらったりって文化、今もあるんですかね?

どうなんでしょう?

今の若者の愛のメッセージはLINEですか?

情報お待ちしております。

相手のことを想いながら、紙とペンを選んで心を落ち着けて文章を綴る、そんなやりとりにちょっと憧れもあります。

『ツバキ文具店』は、そんな気持ちに駆られる素敵な小説でおすすめですが、ぼく個人としては、そこまで段取り整える前にパッと湧いてきた気持ちを相手に伝えられる現代社会のデジタルツールがとてもありがたいです。

rito.gameha.com

あと、ぼくは致命的に字が汚い上に漢字が全く思い出せないのですが、今の社会はそんなぼくの欠点も綺麗に隠してくれていて「今の時代に生まれてきて本当によかった」と思っています。

結局のところ、音楽を聴くのがデジタルなのかライブなのか、どっちが好きかっていう「好みの話なのかな?」といったところなんでしょうね。

それが、芸能人の皆さんが何か重大発表するときは直筆じゃないといけないみたいな「空気」になってるのかもしれません。

そういえば、例えば不倫した芸能人が「多大なご迷惑をおかけして」なんて書いてるのをみて「いや、ぼくは何の迷惑も被ってないっす」とか思っちゃうんですよね。

もっと自分ごととして捉えないといけないのでしょうか「空気」的に。

やっぱ「有名人がそんなことして、テレビ見た人が真似したらどうするんだ!!」ってことなのかな?

先日の沢尻エリカさんの公判の際に、傍聴に並んだ女性のインタビューで「ちゃんと反省しているかどうか見に来ました」ってのがあってびっくりしました。

その方にとってはもはや「身内」の公判で、そこにはご本人とのアウラの交信があるんだと思いました。

なんか話が逸れてきましたが、たまたまついていたテレビの直筆メッセージについて思ったことをダラダラと書いただけのお話におつきあいいただきありがとうございました。