個人的にはAIとは勝ったり負けたりするより仲良く共存したい

ちょっと前の記事がバズりました。

どこかに載ったのかもしれません。

共感のコメントをたくさんいただいてありがたかったのですが、過去にバズった時に批判も書かれたりした経験もあるのでちょっと冷や冷やするのが正直なところです。

ネットってそういう場所だと承知した上でリスクを引き受けてやるもんだってご意見もごもっともですし、顔も知らない行きずりの言葉ですからあんまり気にしなくて良いとは思ってるんですが、ざわざわするんですよね、やっぱ。

こういう時は「たくさんの男たちがアタシの上を通って行ったわ…」と場末のキャバレーのママがタバコをふかしているシーンを脳内で再生して心の平静を保つようにしています。

それにしても、なんかこう「そー言う意図じゃないんだけどなぁ」って思うことって、ありますよね。

この「どうしてそう解釈になっちゃうんだろう?」って気持ちをスッキリさせてくれた本があって、『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』の続編にあたる『AIに負けない子どもを育てる』って本です。

AIに負けない子どもを育てる

AIに負けない子どもを育てる

  • 作者:新井 紀子
  • 発売日: 2019/09/06
  • メディア: Kindle版
 

 示唆の富んだ内容で「なるほどなー」って思わされることが多いのですが、中でもこの本でドキッとさせられるのが「そもそも現代人は文章が正しく読めない」ということです。

だから正しく理解できない。

そーいえば、どこの大学の先生だったかなー?ご自分の大学のゼミの学生に、若者向けの雑誌を何冊か読んでもらって、意味のわからない言葉の数を調査したらかなりの数になって、そーいう言葉は目に留めずに「読んだつもり」になってることがわかったって研究者さんの記事も読んだことがあります(ソースがわからず申し訳ない…!)。

そーいえばついでに、スタジオジブリの新入社員の最初の仕事は「会議の議事録を作ること」だそうで、これもやっぱ「読み書き」の練習のためなんだそうです。

というわけで、1つの推測というか予想として、ネットなどでクレームやネガコメを書き込む人の多くは、悪意があるとかではなく「記事の内容を正しく理解できてないのでは?」ということなんだそうです。

「なるほどなー」と、さも「自分は読める人クラスタ」気分で上から目線で居させてくれないのがこの本の凄いところで、本の中で「リーディングスキルテスト」なる読解力テストが紹介されてるんですが、まーぼくも散々な結果なんですよ。

ええわかってます、長文とか長い説明書とかぼく読めませんもの!

意味不明な長文乱文をこのブログで量産している自覚もあります。

そしてこの本読み進めてると、世の中には読み書きスキルを巧みに使ってぼくらの気持ちを操作して意思決定したつもりにさせて商品を買わせたり政策を進める一部の人たちと、「わかったつもり」でキャンキャン吠え合う大衆という二項対立の世界が見えてきて、薄寒くなってきた次第です。

こういうのって、よく物語なんかで見かけるエピソードですが、結構現実のものなのかもしれません。

そういえば、前回の記事でも紹介したラジオ番組のナビゲーターである野村訓市さんは「ネットで呟く内容は自宅の玄関に貼り出せる内容にしとくべき」とラジオで仰ってました。

www.j-wave.co.jp

確かに「テレビに向かって酔っ払いながら呟くようなテンションで気軽にネットに上げてしまう」のは良くなないなーと思うんですが、匿名だからこそ語れることもあるよなーなんて思ったりもします。

「私のことは嫌いでも、AKBのことは嫌いにならないでください」と言って引退した前田敦子さんのタフさに改めて感服します。 

そーいえばちょっと前なんですが「素敵だなー」ってニュースがあって、ネットに公開する前に「本当に投稿しますか?」って聞いてくるシステムを14歳の女の子がつくったってのがあったんですよね。

「ええ話やね」ってそれこそ「消費」して終わってしまうんではなくて、ブラッシュアップしてスマートフォンにプリインストールされるようなアプリにまで持って行ったら良いんじゃないかなーなんて思ったりします。

そーすれば、ぼくも記事がバズったときに、ソワソワして場末のママを脳内に召喚しなくても良くなる社会になるやもしれません。