描く苦しみが気持ちいい変態

朝、始業時間の50分前くらいに職場に到着するようにしています。

本当はきっちり1時間前にしたいんですが、ずるずるとずれ込んで最近50分前です。

そして、20分くらいのんびりとした時間を過ごします。

これはぼくにとって儀式みたいなもので、少しずつエンジンを温めてるような、そんな時間です。

この時間に、スマホで皆さんのブログを読んだり、Twitterを眺めてたりもします。

そして「よしやるか!」とその日の業務に取り掛かると、ぼくは脳内で子供の頃めっちゃ遊んだスーファミのマリオカートのタイムアタックをイメージし、あとはその日の仕事が終わるまで全力疾走します。

そうして仕事はなるべく最小の時間で最大の結果を出すようにして、できた時間で絵を描いています。

絵筆に絵皿、顔料を並べてぼくの描く絵は日本画です。

塗っては悩み、潰しては塗って、悩んで潰して、また塗っていく。

日本画のいいところは、地層のように、潰した部分が下地となって生きていくところだと思います。

やった工程全部がミルフィーユみたいに積み重なって、作品の味になるっていうか、こればっかりはデジタルでリドゥ機能使ってると生まれないアナログならではの良さな気がしてます。

こうやって隙間時間を寄せて集めて作った作品を公募展に応募するわけなんですが、先日も落選の通知をもらってしまいました。

別に珍しいことでもないし、ぼくは絵でご飯を食べてるわけでもありません。

審査員が変われば評価だって変わることもあるってこともわかっているんです。

ぼくは普段、絵は上手い下手ではないと思っていますが、この時ばかりはビシッと線を引かれ、はっきりと「向こう側」と「こちら側」を意識させられます。

「あんなに頑張って時間をつくって描いたのになぁ…」ってついつい思ってしまいます。

「公募展に応募するのなんてやめて、楽しく描けばいいじゃん!」

と脳内のもう1人のぼくの囁きが聞こえることもあります。

「それもいいかなぁ〜」って思うこともあります。

でも、その直後に「就職してからも絵を描き続けよう!」って決めたあの時の自分との約束を違えるような気がして、ペンタブで遊んで気分が晴れたらまた絵筆を握ります。

自分で自分を苦しめて、その苦しみに喜びと充実感を得ています。

M…いや、ドMだ。

結局ぼくは、この、ヒリヒリするような劣等感に締め付けられる苦しみや、もっと時間が欲しいという悶々とした気持ちを全部、絵具と一緒に絵筆に載せて画面に吐き出していくのが楽しくて快感で仕方なくて、そういった張り合いがないとダメな性分なんだろうなと実感します。

でも市民マラソンに出場したり、スポーツジムに通ったりされる方もきっと同じなんでしょうね。

そう考えると、別段特殊なことをしているわけでもないんだろうなーって思います。

そんなことを考えながら、次に応募する作品を仕上げていってます。