りとブログ

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変な校則の話

あだ名が禁止になるという校則がニュースで話題になっていました。

ぼくは仲間内で小学校3年の頃から呼ばれているあだ名があって、そのあだ名を呼ぶ人が進学しても周りにずっといたため、40歳になっても学生時代からの友人は皆そのあだ名で呼んでくれてたりするくらい、あだ名文化と親しみがあるので「変なルールだなぁ」と思いました。

ところで、ぼくはスラム街みたいな高校に通っていたのですが、こーいう学校の校則ってたいてい細かくて厳しいです。

ただ、「誰でも」「一目でわかる」ようにもなってるんですね。

ぼくが通っていた高校なんかでは、いわゆる偏差値ではなく面接で点を稼いで進学なり就職なりをしなければなりません。

そのためには面接で好印象を持たれる身のこなしを日頃から身につけておかなければならないのですが、スラム街であったが故、何をどうすればいいかは「誰でも」「一目でわかる」ように単純明快になっている必要があったのだと思います。

それが、一般社会と照らし合わせた時に「変な校則」に見えるんだろうな、とも思うんです。

昨今話題になっている「あだ名禁止」も、つまりそれだけ、話して聞かせる余裕がないという現場の悲鳴のようにも思われます。

そーいえば「下着は白」とかいう校則も槍玉に上がることがありますが、スラム高校なんかに通ってると、セクシーランジェリーがブラウスから透けてたりして男子が授業に集中できないんですよね。

「じゃあ透けないブラウスにすればいいじゃないか!」って言われると、その分制服の値段が上がって別の問題が発生しそうです。

なので透けないように白いシャツとかキャミを下に着ときなさいってのが真意なんじゃないかなーって思うんですよ。

なのでべつに「パンツは白が好きなのじゃ〜」とかいう校長の趣味ではないと思います。

仕事中に仕事に関係ないYouTube見ちゃだめな理由について懇々と語るより、バシッと「YouTube禁止」ってした方が楽なのと思想は同じですね。

ぼくはご年配の方向けに「ソリティア禁止令」も一緒にどうかなと思います。

最近はあんまり見ないか。

十把一絡げに「あーしなさい」「こーしなさい」「あだ名は禁止です」「夜9時以降はネット禁止です」って上から押さえつけちゃうのは、なんか非人道的っていうか、自分で考えて行動することを否定するようにも思えます。

全ての物事は、話し合って互いに納得して進んでいくのが人の道のようにも思えます。

でも、どこまでそれができて、どこからはルールが必要なラインなんだろう?とも思うんです。

外に出たとき、ぼくらは赤色のライトが光ったら止まらないといけないですよね。

赤色が、どんなに色彩心理的に活動的な印象を受ける色だったとしても止まらなければなりません。

生まれた時からそうなってたから何も不思議に思いませんが、今まで信号がなかったのに、ある日突然多くの交差点に信号機が設置されて「今日から赤はとまれです」って言われたら「変なルールができた!」っておそらくネットですごいニュースになるんじゃないかなー?なんておもいます。

究極言えば「皆さん道徳的に暮らしましょう」って言えば法律は必要なくなります。

ところが、これでもまだ「道徳的に暮らしましょう」っていうルールに縛られた状態です。

ルールを具体的に細かく明快にしてった結果が「あだ名禁止」や「下着は白」なんだろうなと、そー考えると、線を引くのって難しいなあって思います。

そんな思いに至ったのも、スラム高校に行ったからだなと思うと、ちょっとだけ(?)勉強が苦手だった当時の厨二病全開だった自分に今更ながら愛着が湧きます。

そして、このブログは何か世に問いたいわけでもなんでもなく、酔っ払いながら思ったことをダラダラと垂れ流してるだけなので、この辺りで「いかがでしかたか」なんていう結論もなく、本文に関係ないルール無用のイラストを貼って終わります。

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