皆さん「アイヌ」と言えば何を思い出します?
最近だと「ゴールデンカムイ」がパッと浮かぶかと思いますが、ぼくくらいの世代だとサムライスピリッツのナコルルって方も少なくないのではないでしょうか?
そんなアイヌをテーマにした小説を読んだ感想を今日は書こうと思います。
川越宗一さん著の小説『熱源』です。
あらすじ紹介程度のネタバレがありますのでお気をつけくださいね。
主に2人の主人公が物語を回していくお話でした。
1人はアイヌ民族の「ヤヨマネクフ」という男性です。
明治時代、樺太は日本とロシアの間でどちらの領土なのか微妙な位置にあり、その中で「オレたちはどちらでもなくアイヌだ」という想いを胸に秘めて成長します。
もう1人の主人公は、リトアニア人の「ブロニスワフ・ピウスツキ」です。
祖国をロシア帝国に支配され、母国語を禁じられていた彼は、仲間の起こしたデモに巻き込まれて有罪とされ、拷問の末樺太へ流刑されてしまいます。
物語は、大国に故郷が飲み込まれようとしているこの2人が出会い、影響を受け合いながら自分にできることを一歩一歩やっていく物語なんです。
でも、2人が相手にするのは国家です。
そして、疫病や第一次世界大戦の影響を大きく受ける時代で、そんな最中に、個人の抵抗がどれほどの影響を与えることができるのか、ともすれば大きな力に「プチっ」と捻り潰されてしまうのではないか、そんなハラハラがずっと続いて気になって、読む手が止まらなくなるという物語なんです。
今「物語」と表現しましたが、このお話は史実をもとにしているんですね。
ここに大きな仕掛けというか、こちらに問いかけてくる部分があって、作中にもあるんですが、アイヌを研究しにきた学者さんにヤヨマネクフが「おれたちは滅びるのか?」的な問いかけをするシーンがあるんですよ。
アイヌを「滅びる寸前の儚くも美しい神秘的な民族」として、滅びる前提で研究しにきたのか?と問うていて、それは読んでいるこちらにも「そーいう物語として消費するだけのつもりか?」と聞かれているようで、今までアイヌ民族が登場する作品を、作品として楽しんでるだけのぼくに対しての問いのように思えて「はっ」となったんです。
とはいえ、だからといって急に何かできることがあるかと言われればそんなことはぼくにはないわけです。
じゃあせめて、何か自分にとって身近な地元の文化とか風習とか、そんなものくらい、廃れないように受け継いでいくことが、ぼくにできることなのかなー?なんて思ったりもするんですが、とはいえ、地元の長老たちはこちらの都合なんて考えずに顎で使おうとしたりしてくるし、難しいもんだな、なんて思いながら読み終えたのでした。