りとブログ

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秋刀魚の蒲焼を2人でわけるユートピア

批判するつもりはないんですが、批判っぽくなっちゃったらいけないので番組名とか誰の話かは伏せさせていただくんですが、先日ラジオ聴いてたらこんな話が流れてきました。

ある方が、お母さんと2人で居酒屋に行って秋刀魚の蒲焼を1匹ずつ食べたらしいんですね。

そしたらお母さんが突然涙を流したというんです。

聞くと、お父さんがまだ若かった頃、世帯年収が350万くらいしかなかったので、秋刀魚の蒲焼をお父さんと2人で分けて、自分は尻尾の方を食べてたことを思い出した、それが今や息子と1匹ずつ食べられるようになって嬉しい。というイイお話なんです。

ぼくは思わず「年収350万って、自分はいつ越えたかなぁ?」思っちゃいました。

この話をされてたのはぼくと同世代の方なので、ご両親はぼくの親世代と同年代だと思われます。

団塊ジュニアくらいですかね。

ぼくは自分の親の年収とか聞いたことなかったのですが、当時の新婚さんからしたら年収350万は「夫婦で1匹の秋刀魚の蒲焼を分けないといけないレベル」だったんだなぁって思いました。

ぼく、AEONの惣菜コーナで割引シールが貼られてるものを物色するの好きなんですよ。

夕方のシールが貼られる時間を目指して行って、あれこれテキトーに買って帰って、パパパって並べてカンパーイ!ってやるだけですごく楽しい気分になるんです。

日本酒よりワインが好きなので秋刀魚の蒲焼を買うことはありませんが、同じくらいのグレードのものなら、ぼくくらいの収入でもそんなに躊躇なく買えるこの飽食の時代は、幸せなことなのか、飼い殺しなのか、いったいどっちなのかなー?なんて考えました。

収入が減っても物価が安ければ、色々我慢はあるけど生活に苦しむことはないんですよね。

でも、俯瞰してみると国力は低下してるって言えるかもしれません。

みんな自分を中流と思ってるけど、実は1番人数の多い層が下流になってて「みんなと同じだから自分は中流と思ってる」てのが今のぼくらの現状だって話を最近よく聞いたり読んだりします。

先進国だと思ってるのは自分たちだけで、実はいつの間にか後進国になってるらしいってのも、最近聞いたり読んだりすることが多いのも、「年収350万は秋刀魚の蒲焼を夫婦で分けなきゃいけないレベル」ってのにピンとこないことと、なんかリンクしてる気がしました。

とはいえ、なんていうんでしたっけ?

人口ボーナスでしたっけ?日本の高度成長期のイケイケどんどんの好景気。

ボーナスだったんだから仕方ない、もう飽和しちゃったんだなーって思った方が気楽だなって思うんですよね。

なので「常に右肩上がりで!」って言われるとなんか窮屈で、Amazonのセールにワクワクしたり、いくら使っても色が減らないデジタル絵の具で楽しくお絵描きしたりしながら生きていくのがぼくには性に合ってるなぁって思いました。

今思ったんですが、崩壊した世界で、のほほんと主人公達が生活する系の物語ってあるじゃないですか。

あれって現代社会の行き着く先のユートピアってことなんですかね。

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