もうあの頃の夏休みは帰ってこない

今の大学生さんはもうちょっと短いのかもしれませんが、ぼくの行ってた大学って、8月の盆前から、9月の中旬までが夏休みだったんですよ。

なので「さあ!これから夏休み!」って時期には夏至を過ぎた残暑の時期で、ひぐらしが鳴いたり、ひぐらしが鳴きやむくらい暗くなると鈴虫が鳴く夏休みの景色に対して「ぼくの夏休み」的な夏休みが大好きだったぼくは「こんなの夏休みじゃない!夏休みは7月下旬から8月31日までって法律を作ってくれよ!9月なんてもぉ涼しいじゃん!」って思ってました。(そーなんですよ。9月発売のジャンプコミックスを「涼しい」部屋で読んでた記憶があるんです)

社会人になると、そんなひぐらしや鈴虫の大活躍する時期にはすでに盆休みは終了していて、なんなら「盆休みがあるだけありがたいと思え」みたいな世の中で「ああ、7月下旬の夏休みって子どもの頃は無限に続くように思えたもんだけど、有限だったんだな。日本は先進国でダントツに夏休暇の短い国だったんだ…。」なんてビューティフルドリームな感傷に浸ったりしたものでした。

それから何やかんやと日々が忙しくなるにつれて、しかも最近は残暑がいつまでも猛暑で、いつの間にかあの頃のセンチメンタルな気持ちすら忘れてることにはたと気がついたりする今日この頃です。

先日ぼんやりラジオを聴いていたら(「ぼんやり」なのに「聴く」を使っていいのだろうか?)(まぁいいか、このブログいつも誤字脱字多いしな!)、「死ぬまでに後何回月を見上げるだろうか?」という話をしていました。

本当にBGMでながら聞きをしていたので(あ、今度は「聞き」だって!)、メモも何にもとってなかったのですが、何かの映画のシーンらしくて、ぼんやり生きてたらあと20回くらいしか月を見上げないんじゃないか?って話で人生について考えるシーンのセリフなのだそうです。

8月の下旬にひぐらしや鈴虫の鳴き声にえもいえない物悲しさを感じることなんて、当時はてっきり毎年の恒例行事なのだと思ってました。

でももう、おそらく働き方改革が大成功を収め、ほぼ二季となってしまった日本の気候が元に戻らなない限り戻ってこない行事なのでしょう。

「今当たり前だと思ってることが実は奇跡で、いつなくなってもおかしくない」的な言葉ってほんとよく聞きますが、改めて現実味を帯びてぼくの上に降ってきた気がしました。

本当は、無限だと思ってた夏休みが有限だって知った小学生の9月1日に気づいておくべきだったのかもしれません。

現に今、うちの子は8月の26日くらいには二学期始まってますしね。

「8月31日の夜に宿題が終わってなくて絶望する主人公」なんてのも、もはや「スカートが捲れたら即パンチラ」くらいのファンタジーなのでしょう。

ちょっと小耳に挟んだんですが、リコリコの衣装のデザイン、乃木坂46や櫻坂46とかの衣装デザインされてる方デザインなんですね。

女子高生っぽい印象のアイドルグループと、女子高生の振りをして社会に溶け込む特殊部隊ってなんか共通点があって面白いなぁって思いました。