ぬかるみ。
ドロドロのグチャグチャで、子どもの頃は楽しかった時期もありましたが、大人になると靴も汚れるしあんまり近づきたくないですよね。
タイトルに「泥濘」なんてついてるし、泥濘の前には「愛」と「追憶」が付いてるって、ヘビーな愛憎劇が展開しそうな印象ムンムンですよね。
坂井 希久子さん著の小説『愛と追憶の泥濘』はそんなドロドロでズルズルの恋愛物語でした。
この泥濘にハマっていく感じが癖になるというか、続きが気になってラストまで一気読みしてしまいました。
以下、オチは伏せますがぼくがこの泥濘から抜けられなくなったとこまであらすじを語りたいので、既に読むつもりの方はお気をつけください。
「人生一発逆転」の結婚相手がEDだった件
主人公の「柿谷莉歩」さんは外見が無駄にトランジスタグラマーなことが悩みです。
そのせいで男からは常にイヤらしい目で見られ続けてきました。
大卒で就職した会社でもキャリアウーマンな上司から「それ可愛いつもりなの?」とパワハラを受けて心を病んで一時期引きこもりだった経験もあります。
彼女は社会復帰のための一歩として、臨時で学校司書として働くことにします。
しかしそこでもやはり「パイオツカイデーのチャンネー」とか男性教員にひそひそ言われたりします。
そんな彼女が、仕事で知り合った教材販売の営業マン「宮田博之」に付き合って欲しいと告白するところから物語は始まります。
27歳という妙齢のため、結婚も考えている莉歩にとって、イケメンで優しくてオシャレ、33歳で大手企業に勤めていて、実家の酒屋は先に結婚した弟が継いでいるという博之は、婚活サイトでは絶対に現れない、どこに出しても恥ずかしくない良物件なんですね。
しかし、莉歩に告白された博之は自分の秘密を打ち明けるんです。
「自分は心因性のEDである」と。
今まで散々男たちにイヤらしい目で見られ続けてきた莉歩は「自分はそんなにSEXとか好きじゃないから大丈夫」と言って食い下がります。
こうして莉歩と博之は恋人同士になりました。
って感じで始まる物語なんです。
その外見から、今まで誰からも下に見られ続けてきた莉歩は、いつしか自分でも「主導権が自分に来ることはない」ってのが染みついているんです。
そんな彼女が、初めて自分の意思を通して手に入れた彼氏が博之なんですね。
だから、何があっても結婚に漕ぎ着けたいわけなんです。
体の関係はないものの、順調に交際を続けていく2人。
ついに博之からも「結婚したい」と言われます。
「誰に見せても羨ましがられる彼氏に結婚を申し込まれる自分」に、初めて自意識が芽生えます。
と、同時に次第に体を求められないことへの不満も生まれ始めるんです。
そんな折、文面に「香澄」という女性の名前が登場するLINEのメッセージを、博之が莉歩に誤送信してしまいます。
この辺りから、物語の泥濘が、じわじわと、広がっていくんですよ!
主要登場人物の印象がほぼ全員、はじめと終わりでガラッと変わる。
特に莉歩と博之の2人は何度も何度も変わります。
莉歩については、人にとっては次第にイヤなキャラになっていく印象があるかもしれません。
でも、なんか、彼女の性格って周りの影響をモロに受けていった結果のように思えたんですよね。
周囲の何気ない言葉が、積もり積もって、彼女をどんどんどんどん泥濘にはめていっているっていうか、彼女自身は愚かしいまでに純粋なような、ダークサイドに落ちていくアナキン・スカイウォーカーのようにぼくには思えました。
人の「悪い部分」てのは、その本人が自分で生み出すものなのか、周りの人が植え付けるのか?
そして、博之に至っては、EDになったきっかけが明かされてからラストに向かっていく様がもはやホラーなんです。
…っと、これ以上は内容には触れないでおきましょう。
他者の内面なんて、想像するしかないですよね。
けど勘違いして間違えたら、しかもその間違えが一定レベルを超えちゃうと取り返しのつかないことになりかねないですよね。
そう思うと、人間関係の困難さについて改めて考えさせられてしまって、ぼくらはなんて厄介な世界に生きてるんだろうって思えてきます。
実は「この小説がホラー」だったのではなく「この世の中がホラー」なんじゃないかとすら思えます。
そう思うと「仕事の関係ってのはなんて気楽なんだろう?」とも思いました。
「金のために集まった集団」って思うと、いろんなことが簡単に飲み込めてしまいます。
あ、ぼくが月曜朝が憂鬱でないのは、気楽だからかもしれませんね。