あの頃、ファミコンを嫌っていた親父

イカのキャラがペンキを使って陣取りするゲームがあるじゃないですか。

ウチの小6の長男は、かれこれ2年くらい、毎日欠かさずそのゲームをプレイしています。

ぼくがすごいなと思うのが、他のゲームを欲しがらないことです。

ひたすら毎日1時間(ウチはゲームは1時間というルールにしてます)、ガチャガチャプレイしています。

ぼくが小6の頃といえば、勇者を探すお父さんと一緒に旅をする少年が、目の前で父親を殺され、奴隷として思春期を過ごし、やがて結婚して父親になる人生を擬似体験したりとか、孤児だった自分を拾って育ててくれた国王が、突然自国を軍事国家に作り替えて隣国への侵略を始めるのだけど、「あの優しかった王がやることだからきっと何か理由があるのだ」と自分に言い聞かせながら先陣で殺戮の指揮を取る暗黒騎士の苦悩に触れたりとか、とにかく「素晴らしい物語」に触れるためのツールがゲームでした。

もちろん、そういうストーリーがあるものばかりではなく、街中の異種格闘技戦の世界一を決める対戦ゲームや、配管工がカートに乗るレースゲームとかもやってましたが、あれらはぼくら世代にとっては友達とのコミュニケーションツールで、外でサッカーや鬼ごっこをするのと同じことでした。

それに比べると、別に友達と示し合わせて同じ時間にゲームをするでもなく、また、偶然マッチングされた世界中のプレイヤーと、その後チャットなどして交流を深めてる風でもありません。

壮大な物語に触れて感動する感性を育むことも、友達との親睦や友情を深めることもなく、黙々とマッチング→対戦を繰り返している姿を見てると色々思うところがあります。

あと、FPS系のオンライン対戦ゲームって、例えば宿題とかすっぽかしてやってても「今すぐやることやりなさい!」ってできないのが、親視点だと腹立たしいですよね。

ちなみに、1時間を図るためにタイマーを持たせているのですが、マッチングの時間はちゃっかりタイマーをオフにしています。

ぼくはふと、自分が小学生だった頃、親父が「わしはファミコンは嫌いだ!」怒ってたのを思い出しました。

野山を駆け回って育った親父からしたら、部屋にこもって黙々とゲームしてる子どもの姿は、とっても不健康に見えたことでしょう。

自分が子ども時代にやってないことって、理解できないんですよね。

ぼくは上記の通りゲームに触れて育ってはいますが、ちょうど大学4年生の時にラグナロクオンラインやFF11のブームがきて、卒業制作の時期に大学に来なくなってしまった友人たちがいたもんだから、「自分はやらない方が良さそうだ!」って思っちゃって、オンラインゲームに対する不安を膨らませてしまってる気がします。

ああ、あの時の親父の気持ちって、こんな感じだったんだろうなぁ、って最近わかった思いがしました。

でもぼくは、親父が嫌ってたファミコンで、物語を楽しむことを覚えたし、友情も深められました。今でもストレス発散のツールとして活躍してくれてます。

きっと息子にとっても、何か得るものがあるのでしょう。

同じゲームを2年間も遊び続ける、ものすごいコスパじゃないですか!

おおらかな気持ちでいたいなと思う今日この頃です。

ちなみに、先日所用があって預けていたウチの子らを迎えに実家に行ってみると、親父は孫と一緒にこれで遊んでいました。

スーファミもプレステも「ファミコン」と呼んで嫌っていた親父ですが、孫の喜ぶ顔が見たくて買ったんですね、ファミコン。

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