給食、9年間も食べ続けたはずなのによく思い出せない。

7月になりましたねぇ。

月はじめは恒例の、ぼくが書かせてもらっている扉絵のご紹介です。

今回はAppleKyoさんなのですが、いつもと趣向を変えて、カレンダーにしてみました。

スマホやタブレットのホーム画面としてより実用性があるかなーなんて思ったりしまして。

もしよろしければダウンロードして使っていただき、ご感想などいただけると嬉しいです。

applekyo.com

さて、そんなぼくは相変わらず毎日楽しく仕事をしておりまして、ブログの下書き記事が快調に尽きております。

こんな時は、はてなさんの今週のお題に挑戦してみましょう。

ポチッとな。

ポチッとなって言葉がうっかり出てくる世代のボーダーはどのあたりなんでしょう?

ふむふむ、「好きだった給食メニュー」ですか。

うーむ。

しばし考えてみたのですが、小学校6年中学校3年の合計9年は給食を食べてたはずなのに、どれか1つのメニューを挙げることができません。

どれも美味しかったのです。

うち、実家の料理がスーパー薄味だったんですよ。

小学校低学年の頃から毎日「給食美味しいなー給食美味しいなー」って食べてたんですが、高学年になった頃に、周りの友達が、給食を楽しみにしてはいてもぼくが思ってるほど毎日美味しいとは思ってないことに気がつきました。

「なんでだろ?」って疑問に感じてたんですが、それくらいの年頃になると友達の家に遊びに行った時に「ご飯食べていきなさい」みたいになることがあるじゃないですか?

で、よそ様の家のご飯をいただいて「味が濃い!」って衝撃を受けたんですよね。その時「あ!ウチのご飯薄味なのか!」って気がつきました。

この「ご飯食べていきなさい」なんですが、高校くらいになると、男子だと「親と一緒に」ってことにもならないので、部屋に運んでもらったりするようになると思うんですが、友人に「お前んちのご飯、味がしないから俺の分も食べてくれよ」って言われたりしてたんですよね。

普通だったら怒るところなのでしょうが、ぼくは「確かに!」って納得してしまうレベルで薄味でした。

だから味のする給食が美味しかったんだなー。

とはいえ、ぼく今月42歳になるんですが、学生時代から体型が変わってないし、大きな病気も経験がないんですよね。

そして何食べても美味しい。

それはやっぱ、薄味に体が慣れてることが影響してるんだろうなーって思うんです。

そう考えると、幼少期薄味で通してくれた親に感謝しなければならないのでしょう。

ただ、これも前書いたことがある「子どもの頃おもちゃ買ってもらえなかったので、欲しかったおもちゃの絵を描いてたのが今のぼくのルーツです」っていうちょっと悲しい話と同じ構造ですよね。

大人になってから沁みてくるものの、当時は辛かったりで、子育てってほんと難しいなって思います。

というわけで、給食のメニューはどれも好きでした。

あ、でもあえていえば、ソフト麺が好きでした。

ラーメンとかうどんの日、袋に入った麺をスープに自分で入れるんですよね。

低学年の頃は豪快にバサッと入れてたんですが、高学年になってくると、半分にちぎって、2回に分けて入れるのがお上品な食べ方、みたいな。

ぼくはさらに、素材の味を楽しみたくて、スープに入れる前に毎回一口齧ってました。

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