白湯とぼく

2年くらい前から、白湯を飲むようになりました。

…というと、なんか意識が高い人っぽいじゃないですか。

でもぼくの場合「何か飲みたい→コーヒーはさっき飲んだからやめておこう→ジュース類は甘さがもたれて無理→お茶を淹れるのも面倒くさい→白湯で良いか」ってことが多いです。

でも、そんなことは顔には出さず、お気に入りのポットからお気に入りのマグカップに白湯を注いで飲んでいると、それはそれで、意識たかい人っぽくて、カッコいい人になった気がして良いなと思ったりしながら今日も白湯を啜りつつこの記事を書いています。

無駄なことや面倒なことを省いていくと、意外と身の回りのことが整っていくことって多いなと思います。

ぼくは服を1着買ったら1着処分するようにしているんですが、これも着たい服がすぐに見つからないのが面倒くさいだけです。

使ったものをすぐ片付けるのも「これ使いたいときはあそこにいけばある」って探さなくて済むからです。

「整理整頓をきちっとしよう」とかそーいう意識はあんまりなくて、ものを使う時のに心にかかる負荷を減らしたいだけだなーと思ったりします。

書斎の左手すぐ手を伸ばしたところには数冊の本が雑多に積読してあるのですが、これはその日の気分で手に取りたくなった本の続きをパラパラとすぐ読めるようにしているからで、ぼくにとってはこの状態は素敵なインテリアです。

そんな気持ちもわかるので、たまにこのブログでもリビングが散らかりまくってることを愚痴ったりもしてますが、家族にとってはそっちの方が住みやすいのだろうと思うので「片付けようよ」とは言いません。「片付けていい?」って聞いて嫌な顔されるくらいです。

なので、ぼくの定位置であるYチェアだけは死守して座り、先日リセットした水槽に一点集中しているだけで最近は幸せです(リビングにYチェアと水草水槽があるのに床に足の踏み場がないんですよ?すごくないですかこのアンビバレント!?)。

あとの景色は見えない、見ない。

結婚とか恋愛ってのは不思議なもので、自分にない部分に惹かれる一方で、意見が食い違って喧嘩になったりもします。

「自分と違う」が魅力になったり煙たくなったり。

自然と魅力と感じられるようになるには、花を枯らさないよう水をやったり日に当てたりが必要だなといつも思います。

そんなわけで今年もぼくは、カレンダーにリマインドしていたおかげで付き合った日に花を買って帰ることができました。

ゼノギアスのエリィさん、フェイとエリィは固い絆で結ばれていたなぁ。

このイラストも、続きを描きたいなとは思っている。