「暗幕のゲルニカ」は絵筆で暴力と戦うピカソの物語でした

中学校の美術の教科書に、デカデカと載ってたけれど、なにがどういいのかさっぱりわからなかったのがピカソの絵でした。「天野喜孝の絵の方が何倍もかっこいいじゃないか!」とか思ってたのですが、ピカソの絵ってコーヒーや明太子のように、大人になるとよさがわかってくる類の絵ですよね。

そんなゲルニカが表紙にあしらわれている小説が、アートをテーマに次々に面白い物語を生み出し続ける原田マハさんの「暗幕のゲルニカ」です。

暗幕のゲルニカ

暗幕のゲルニカ

 

 「ついにゲルニカの物語か!」とワクワク感いっぱいにページをめくっていくと…

やられましたー、冒頭から辛い展開ですー。

ちょっとこれから冒頭のネタバレしますからね。気をつけてくださいね。

この物語は2人の主人公の物語が交互に描かれていきます。一方は、ピカソゲルニカ制作を写真におさめ、「泣く女」のモデルにもなったピカソの愛人の1人である写真家ドラ・マールさん視点です。

こちらは、ピカソゲルニカを描くことでナチスドイツと戦った記録を追う物語でした。物語の冒頭、ピカソは当時内戦状態にあったスペイン共和国に「パリ万博の目玉になる大作を描いて欲しい」と依頼されるもスランプに陥ります。そんな苦悶に悶える日々の最中に行われた、ナチスドイツによるゲルニカ空爆。民間人を襲ったテロ攻撃です。その怒りから、ピカソは一気に「ゲルニカ」を描きあげます。

もう1人の主人公の時間軸はぐっと現代に近くなります。子供の頃に美術館でゲルニカを見た衝撃からアートの道に進むことを決め、ニューヨーク近代美術館の絵画・彫刻部門でアジア人初のキュレーターを務めるまでに至った、ピカソ研究者の八神瑤子さんの物語です。

瑤子さんパートは、ピカソの絵に魅入られて猛勉強し、過去1981年までゲルニカを収蔵していた憧れの美術館のキュレーターとなり、またその過程で出会ったアート作品の貿易商イーサンと結婚し、「この幸せがずっと続けばいいのに」と願いながら、一緒に朝食をとるシーンから始まります。

「あ、この幸せ感、あとで突き落とす気マンマンの流れだな。」ってくらいの充実ぶりなんですね。そしたら思い出すんですよ。「このシーンが2001年の9月11日だってこの章の始まりのページに書いてあったな」って…。

やばいなーやばいなー、って思って読んだら…やっぱなー、ですよ。

てなわけで、この物語は突然の不幸に見舞われたニューヨークと瑤子さんが、スペインに返還したゲルニカをもう一度借りてきて、ゲルニカの持つ力でテロや戦争に対して戦いを挑む物語です。

しかし一筋縄にはいかないんです。ゲルニカ、というかアート作品の持つ意味やパワーを理解してる人やしてない人がたくさん複雑に絡んできて、物語はあらぬ展開へと突き進みます。

これが結構手に汗握ります。

「9.11テロのような悲劇を繰り返してはいけない」といいながらイラクへ侵攻するアメリカに対し、国外の人間が思っている以上に国内で複雑な政治的事情を抱えてしまっている現在のゲルニカはやってくるのか?ナチスドイツが各地で起こす悲劇に対して、ゲルニカを描くことで戦いを挑んだ当時のピカソの想いは、どれほど今の我々に届くのか?

思い返せば不思議ですよね。元を正せば紙と絵の具だったものが、そこに携わった人間が変わるだけでものすごいパワーを持ったり誰にも見向きをされなかったり。そんなアートの持つ不思議なパワーについて、良いところも悪いところも余すことなく書かれた物語、そして何よりピカソの偉大さについて存分に堪能できる物語だなーって思いました。加えて終盤の、ドラ編の瑤子編の話がクロスするあたりの展開の見事さ!感動しました。

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