お元気ですか?りとです。
みなさんはドラクエ7ってプレイされた事ありますか?
元々はプレイステーションで2000年に発売になった国民的ゲームなんですよね。 しかし、当時ぼくはクリアできず、ずっとモヤモヤしたまま過ごしていたのですが2013年にDSでリメイクされ、これが2015年にiOSに移植されたことをきっかけにDL購入し、少しずつプレイしていたのがやっと先日クリアできたんです!
めっちゃ感慨深いものがあったのでだらだらと雑感を述べようと思います。
雑感と言う通り、ぼくの主観が大きく入りますので、人によって印象は変わると思います。また重大なネタバレはしないつもりですが、少し内容に触れるのですでにプレイする予定の方はお気をつけくださいね!
小説を読んでるかのようなドラマ重視の物語だった
ドラクエといえば主人公が「はい」「いいえ」しか喋らないことでも有名なくらい、プレイヤーに物語に没入してもらって冒険を楽しんでもらう仕掛けが有名ですよね。
なのであえて多くを語らず、プレイしながら背景を感じるようなストーリーテリングで、FFのように映画をみてるような体験はドラクエとはちょっと違うって印象だったのですが、ことドラクエ7に関しては、まるで小説を追ってるかのように物語が進んでったように思えました。
一応冒頭だけ物語を振り返ってみると、世界に1つだけの島グランエスタード島で、漁師の息子として生を受けた主人公が、「世界はもっと広いはずだ」と夢を見ているこの島唯一の城の王子キーファに連れられて、ちょっとした遺跡探検をしたことをきっかけに見ず知らずの島にたどり着くことから始まるお話でした。
その島はどうやら過去の世界で、過去の世界にはグランエスタード島以外にも、多くの島があって、それぞれの島でモンスターを倒して現代に戻るとその都度現代世界でも次々島が現れると言う展開になります。
そして、過去世界で主人公たちがそれぞれの島に介入した結果が現在世界でいろんな影響を及ぼしていて、過去世界を解放しながら現代世界がどうなったかを見ていくうちに、世界をこのような構造にした大いなる敵の影が見え隠れしてくるってストーリーです。
当時ぼくがPS版でクリアできなかった理由
その1 ハッピーエンドばかりでなかった
せっかく過去で頑張ってモンスターを撃退して解放されても、そこに住む人間たち自体の関係がこじれていたりして「悪者を倒してハッピーエンド」という簡単な図式でない島もあったりします。
プレイヤーはそんな人々のすれ違いを小説を読むように追っていくことになります。これが結構切なかったのです。
その2 仲間の入れ替わりが激しすぎた
他のドラクエのナンバリングタイトルではあまりないくらい、パーティメンバーの入れ替わりが激しかったのです。これはドラマチックな物語を優先した結果なんだろうな、と思うんです。
しかしぼくの中の、物語を楽しんでるホワイトりとはその展開に感動するのですが、ゲームをプレイしてるブラックりとは「あー!せっかく育てたキャラが!!」と、一気にパーティの総合戦力を削られるたび、しょんぼりしたのです。
その3 プレイステーションの限界に挑戦してる感
このあたりはぼくはあんまり詳しくないのですが、壮大な物語を綴るために、多分いろんなところで容量を削ってるんだろうな、と思わされました。PS2が世に広まる前夜の頃です。なんというか、もっと綺麗なグラフィックのゲームがいっぱいあるのにな…と、どうしても思ってしまったのです。ちょっとドラクエ3のオープニングを思い出しました。
…と、そんなこんなで途中でプレイするのをやめてしまったゲームだったのです。
「人は誰かになれる」
当時CMで使われていたキャッチコピーなのですが、小さな島で父親を見ながら「自分も漁師になるんだろうな」と暗黙の了解の中育ってきた主人公の目の前に、大きな世界が開けて様々なものを見聞きして、たくさんの出会いと別れを経験したのちに、迎えるラスボスとの戦いのあとの主人公を見たとき、このキャッチコピーの意味の深さにジーンと来ました。
「拓けた世界で、主人公はそういう道を選択するのね」と思わされました。
ハッピーエンドばかりではない物語に、ジーンとくるラストの演出。これはいろんな経験をして大きくなった大人の方が楽しめる物語なんじゃないかと改めて思いました。
スマホでの操作もかなり遊びやすく作られています。
小説好きな方に「遊んでみませんか?」と勧めたいゲームです。