不倫

なんか定期的に芸能人の方の不倫騒動が世間を賑わせますね。

こんな大騒ぎになるんだから、不倫なんてしなければ良いのになー、どうして不倫するのかなー?なんてことをぼんやり考えたんで、今日はネタにしてみます。

確かに「この子可愛いらしいなぁ」「この人美人だなぁ」って思うことはあるんですが、花を見て「綺麗だな〜」って思うのと似てます。

なので、その子とどうこうなろうっていう気は起きません。

どうこうなるために支払う労力や、その後追うリスクを考えると「面倒くさいなぁ」とも思っちゃいます。

と、冷静に振り返ってみると、ぼくは倫理や貞操観念というよりは、コストパフォーマンスで動いている節があるかもしれない?とドキッとします。

「生物の根源的な欲求を上回るコストパフォーマンス主義」という定義も成り立ちそうですが、ぼくはもともといろんなところが「一般的」から欠落している自覚があるので、さもありなんです。

不倫してるよりゲームしてる方が何倍も楽しそうです。

などと考えながらふと、不倫する気もないくせに、出勤前に愛する妻がいる家から1人職場に出かけていくときに、せっせと鏡の前で入念に身だしなみを整えてる自分はなんなのだろう?という疑問が脳裏に去来しました。

だれにカッコ良く見られたいというんでしょう?

当然、仕事上接する相手に不快感をもたれることは不利益ですし、今の時代「モテる」ことと「仕事ができる」ことの条件は重なるものも多いです。

「なんであんな男にあんな奥さんが」って思われたくないってのもあるかもしれません。

「素敵な人だな」って思われたいって下心もあります。

事実「素敵ですね」って言われるとドラゴンボールの元気玉よろしくパワーをもらえる気がします。

この下心のさらに下に、不倫欲求が潜んでいるのかもしれません。

「英雄色を好む」ではありませんが、この辺りって結構深いところでドロドロと繋がっていそうです。

自粛警官もそうなんですが、いま日本で語られる「正義」や「倫理」の根底にあるのは「自分は我慢してるのに好き勝手してる奴がいて許せん!」って気持ちなんだそうです。

「あんな綺麗な奥さんがいるくせによ〜!おれだって遊びたいの我慢してるのに許せん!」みたいなパワーが働いてるのかもしれません。

これもなんかちょっとわかるなーって思います。

 「おれも結構頑張って働いてるつもりなのに、新しいMacとか椅子とか、車とか全然買えないよ〜」って気持ちと似てる気がします。

卑屈な思想かもしれませんが、士農工商ってまさにその理屈ですよね。

汗水垂らして貧しい暮らしの農民を武士の次の位に置いといて、商人を4つの職業の一番下の位に置くことで溜飲を下げさすって、元々日本にはこういう上がいないことで安心する気質だったのか、それとも江戸時代に今のぼくらの気質が刷り込まれたのか、興味深いところっすね!

と、いつも通り酔った頭で考えたことをぼんやりと垂れ流した記事なので専門的な裏付けは何もない話なんですが、お付き合いいただいてありがとうございます。

そしてまぁ結局のところ、ぼくは笑って話ができる奥さんがいてくれれば満足なんだろうなー、なんていう、犬も食わない惚気で締めます。

ただ足るを知る、です。