りとブログ

オリジナルイラストと読書感想と雑記が主な成分のブログです

もの覚えの悪いぼくが悪いのか、それとも…

ぼくの職場のデスクと管轄するスペースは、初見の方はびっくりするくらいスッキリしています。

「どうやって仕事してるんですか?」って聞いてくる人もいるくらいです。

これは、きれい好きとか片付け上手とかそんなんではなくて、あれこれ試行錯誤した結果こーしてるのが自分にとって効率がいいからなんですよね。

ぼくは多分、極端に物覚えが悪いのです。

どこに何を置いたか、スケジュールがどうなっているのか、全てが春の小川のようにさらさらと頭の中から流れていってしまうのです。

メモっておいても、そのメモがどこにあるのか覚えられません。

ぼくは第3世代のiPadが出た頃から紙の手帳を持ち歩かなくなってしまったのですが、これもペーパーレスがカッコいいからとか、世の流れに敏感だとか、そう言った理由以上に「他所を探さなくても全てここにある」という安心感を手に入れたかったのです。

なので、部屋の中でも机の上でも、複雑な配置をされるともぉどこに何があるのかわからない。

だったら最初から、何も置かないほうが良いんですよね。

これに加えて、ぼくにはもうひとつ苦手なことがあって、ずらっと物が並んだ場所から、必要なものを探すのにものすごく時間がかかります。

「バターナイフをとってきて」と言われて、キッチンの引き出しを開けてもすぐに見つけることができないのです。

バターを取り出そうと思って、冷蔵庫を長時間あけて探してしまうこともしょっちゅうです。

おつかいを頼まれても、お店でバターを見つけることができない。

ものがたくさんあると、目が泳いでしまって、もうわけがわからないのです。

なので何も並んでないのが良いんです。

だから自分が長時間いる場所は、なるべく置いているものを減らしておきたい。

ただそれだけなんです。

今まで、自分のそういう部分は人より劣っている部分だと感じてたし、一緒にいる人にも申し訳ないなと思ってました。

でも最近ふと思ったんですよ。

そもそも、世の中が複雑すぎるんじゃないか?と。

管理しなければならないモノも多いし、把握しておかないといけない予定もいっぱい。

使う食器や器具も料理や食材によって千差万別で、お店に行ったも選択肢が多すぎる。

こんなのすでに人間の能力を超えてるんじゃないだろうか?

なにも覚えれないぼくが悪いんじゃなくて、複雑すぎる世の中の方が悪いんじゃないだろうか?

ポイズンですよポイズン。

とはいえ、現状はご覧の通りの世の中です。

そして、そんな社会で自分がどこに何を置いたかバッチリ把握しながら生きてらっしゃる人もたくさんいます。

そういう方は、現代社会に適応できてるニュータイプなんじゃないだろうか?とさえ思えてきます。

実際ぼくは、何か物を探す時間をショートカットするために、日々の生活のなかで片付けにかなりの時間を割いています。

そんなぼくからしたら、片付けなんかしなくても必要なものは探さずがパパッと出てきて、覚えておくべき情報をシュパンとリマインドできる人は3倍速くらいに見えます。

そしてそんなことができないオールドタイプなぼくは、地球の引力に縛られながら地に足をつけて、ゆっくりゆっくり片付けをしながら今日も生きていこうと思います。

ひとまず、6月になったのでGAMEHA.COMさんとこにお送りした今月の扉絵を貼っときます。

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