ぼくのやった勉強法

先日、中高時代ほとんど勉強できなかったぼくが大人になって猛勉強したって話を書いたのですが、松村正樹(id:mm-nankanoffice)さんからこんなコメントをいただきました。

というわけで、本日はぼくが大人になって身につけた勉強法の話をしようかと思います。

ぼくが使った方法は2つなんですね。

1つは「勉強時間の作り方」です。

一般的なのは「この時間は勉強しよう」って時間を1日の予定の中に作りますよね。

これをやめました。

代わりに、勉強以外の予定を全て手帳に書き出します。

遊ぶ予定も、寝る予定も全てです。

そして、何も描かれなかった空白の時間を全て勉強に充てるようにしました。

勉強の時間を予定して「時間が来たから勉強するか」っていうのはすごく腰が重いですよね。それを「暇だな、勉強するか」っていうマインドにするんです。

これがすごく効きました。

「遊ぶ時間を削って勉強時間を作る」じゃないのが良かったんだと思うんです。

ちゃんと遊んだ上で、1日の隙間時間に勉強する。

どこでも隙間時間ができたら勉強ができるように、常に参考書を持ち歩いてたんですが、この時の経験が今でも習慣として続いていて、ぼくはいつも本を持ち歩いていて、出先で時間が空いたら「スマホでSNSチェックやネットサーフィン」じゃなくて本を読んでるし、家でも「暇だな、テレビでも見るか」ということがありません(代わりに芸能ニュースにものすごく疎くて職場で若者やマダムの皆様の雑談に混ざれないのですが)。

2つ目の方法が「写経」です。

覚えなくてはいけない語句や文章を、何でもいいのでその辺りにある紙にひたすらぶつぶつ言いながら書き続けるのです。

それを、問題集の問いを見て条件反射で口から出るようになるまで続けます。

出先ではできないので、指で空をなぞりながら口パクでやります。

漫画『烈火の炎』の「砕」とか「崩」とかのイメージです。(パッと出てきた例えが古くて若い方ごめんなさい)

↑この表紙が好きでした。

ぼくは頭が良くないので、質より量の作戦ですが、ひたすらやってるとちゃんと覚えられます。

そして、条件反射で答えられるようになった問題には撃墜の証として、大きく「×」をつけました。

次第に「×」が増えるのがちょっとした喜びになっていきました。

ゲームの、モンスター討伐やクエスト達成に似てるんですよね。

写経で真っ黒になった紙の束をまとめてゴミ箱に捨てるのも爽快でした。

ちょと前に「ゲーミフィケーション」って言葉が流行りましたが、ぼくは割とあれを信じています。

はなから捨てる予定なので、本当にどうでもいい紙でやってたのですが、つまりファミレスの紙ナプキンでもできるので、出先の隙間時間に勉強するって手法ともとても相性が良かったです。

そんなこんなで勉強したんですが、やってみて思ったのが「勉強ができる」と「頭のいい」はイコールじゃないなってことですよね。

ある目的のために必要な工程を洗い出して、1つずつこなしていく計画性と粘り強さ、ちょっと悪い言い方すると要領のよさっていうか、それが「学校の勉強ができるってこと」なんだなーってのが、大人になってわかりました。

なんか、子どもの頃って「勉強ができる=頭がいい=才能」みたいに思ってて諦めてたところがありましたが「そんなことないぞー」って過去に戻って子ども時代の自分に言ってやりたいです。

そんなことを自分の子どもに言ってみても、全く興味持ってもらえないので、転生して人生二周目の子どもじゃないと、やっぱ無理なのかもしれませんね。

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