ぼくの実家は、3世代で一緒に住んでいたんですね。
で、ぼくが小学校に入学する頃だったんですが、一緒に暮らしていたじーちゃんが入院しまして、じーちゃんの付き添いでばーちゃんも病院に寝泊まりすることが多くなって、両親は共働きだったので、ばーちゃんのお姉さんにあたるおばちゃんが我が家にやってきて、住み込み状態でぼくと弟の面倒を見てくれていました。
ばーちゃんのお姉さんなのに、ぼく等からしたら「おばちゃん」なのが今考えると面白いんですが、とにかくぼくも弟も「おばちゃん」と呼んでいました。
自分が親になった今の立場で考えてみると、ぼくにとって従兄弟のお母さんが1つ屋根の下にいて、ぼくの子達の面倒を見てるって、すごいことですよね。
ぼくの両親も気苦労があったんだろうなぁ。
それとも、30年前の地方の親戚の感覚でいえば、まだ普通のことだったのかな?
気苦労はあったけど「普通のこと」って顔をしてないといけなかったのかもしれませんね。
入院したじーちゃんは、そのまま向こうの世界に旅立ってしまいました。
世間一般に、孫には甘いとよく言いますが、妹の孫にはさらに甘くなるようで、本当にぼくと弟は甘やかしてもらって、よく懐いていました。
おばちゃんの家も3世代同居で、息子さんが連れてきたお嫁さんが、良く言えば
「ものすごく勝ち気な人」だったみたいで(ぼくの記憶でもチャキチャキ系でした)、おばちゃんと折り合いが悪かったらしく、そーいった意味でもうちは居心地が良く、ぼくらのことも可愛がってくれていたのかもしれません。
その後もよく、おばちゃんを交えた6人で旅行に行ったりしていました。
ぼくの結婚式にも、体調を崩して寝たきりになってしまったばーちゃんの代わりに、おばちゃんが出席してくれました。
ばーちゃんはそのままじーちゃんのところに行ってしまったのですが、その後もおばちゃんは元気で、ぼくの母は自分の親に会いにいくように、ちょいちょいおばちゃんのところへ遊びに行っていたみたいでした。
そんなおばちゃんも、昨年じーちゃんとばーちゃんのところへ行ってしまいました。
90歳を超えていたので大往生と言えると思うので、悲しいというより、お疲れ様でした、という気持ちが大きかったです。
結婚式の時に、親族の集合写真を撮るじゃないですか。
改めて見てみると、ずいぶん居なくなってしまった人が増えたなぁ、と思います。
ぼくは「絆」とか「チーム○○」とかにどうしても同調圧力を感じてしまうので、別に一族や家族の何かが受け継がれていくとか、そーいうのはないのですが「いつか順番が回ってくるんだろうなぁ」というのは感じてしまいます。
当時10歳で、リングボーイをしてくれた甥っ子くんもこの春社会人です。
つぎは彼らがこーいう写真の主役になるんでしょうね。
悲観するとか、そーいう必要はないと思うんですが、毎日を大切に生きていきたいなあと、そんなことを考えるぼくは実はもういくつ寝ると結婚記念日で、当日は契約更新のために普段は食べない高級なケーキを注文してきたのでした。
なんか、イラストみたいなずっと同じ趣味を楽しみ続けてると、自分が歳取ってること忘れますよね。
困ったもんだ。
いいけど。