師匠からの間違い電話

先日、ふとiPhoneを見ると学生時代の絵の先生からの着歴と留守電がありました。

社会人になってからも、子どもがまだ1人だった頃はよく絵を見てもらって厳しくコテンパンにやられては心を折られながら精進してました。

でも、子どもが2人になった頃から絵を見てもらうのをやめてしまい、連絡も取ってなかったのです。

とてもじゃないけど先生に見てもらうレベルの絵を自分は描けていないと思ったからです。

昔はぼくも、自分の思いや考えをまっすぐにぶつけていたのですが、最近ではその界隈ではすっかり重鎮になられてしまったことも、さらに拍車をかけました。

器の大きな方なので、もちろんいつでもウェルカムでぼくの絵を見てくれると思います。

でも「もらったアドバイスをもとに手直しをしてまた見てもらう」というプロセスを踏むことが、今のぼくにはものすごく時間がかかってしまうのでとても申し訳なく感じてしまうんです。

そんな先生からの急な電話。

「もしや何か良くないことが!?」

と思い留守電を再生すると、ただの間違い電話でした。

誰かに伝言をしているような内容だったので、連絡がうまく伝わってないことをお知らせしたほうがいいだろうと思い、電話をかけました。

「ごめんごめん!」という詫びの言葉から世間話に話題は変わり、予想はしてたんですが「最近、絵は描いてるの?」と聞かれました。

「筆は置くことなく描き続けてます」

と答えました。

「ならよかった」と言って電話は終わったのですが、本当は今の色んな思いを吐き出してしまいたかったな、と思いました。

ぼくは、絵の才能はなかったけど今の仕事は向いてたのだと思っています。

仕事は楽しいし、自己評価以上に周囲に評価されてて、食いっぱぐれる心配もなさそうです。

細切れの隙間時間とはいえ、こんな感じでお絵描きを楽しむ余裕もあって、ぼくなんかにはもったいない人生を送れているって思うんです。

あ、これ毎月扉絵を描かせていただいている、情報サイト「Apple Kyo」にお送りした今月の扉絵です。

applekyo.com

最近ぼくの中で流行ってるフォトバッシュ作品の第二弾です。

いかがでしょう!?

こんな感じで楽しくやってるのですが、日常のふと油断した瞬間に「これでよかったのか?」って気持ちに苛まれることもあります。

これが、色んな決断の上に今の自分がある大人の日常なんですかね。

みなさんこんなもんですか?

今回は、師匠からの電話に心を揺さぶられた、そんなお話でした。

40過ぎたら、もっと揺れない、落ち着いた大人になってるもんだとばかり思ってましたよ、ほんと。