今日は松浦寿輝さん著の小説『無月の譜』の感想を書きますです。
あらすじ紹介程度のネタバレがありますのでお気をつけください。
表紙の通り将棋のお話なのですが将棋がわからなくても面白いです。
それより、大人になって子どもの頃描いてた夢を軌道修正した人が読むととんでもないことになる物語でした。
主人公の「小磯竜介」さんは48歳のウェブデザイナーですが、若い頃は将棋のプロ棋士を目指して奨励会に所属していました。
しかし26歳までにプロ棋士になるための条件である4段になれなかったために夢をあきらめ、なんとか潜り込んだウェブデザインの会社でキャリアを積み、結婚し、子どもにも恵まれたという人生を歩んできました。
それでも、プロ棋士をあきらめたという過去が心に棘のように刺さっている感じで、あれだけ若い頃に全てをささげていた将棋については以後いっさい関わらずに生きてきた人でした。
それが、昨今の藤井聡太ブームをきっかけに、ふと、プロ棋士を断念した際にお世話になった師匠に言われた「これからは純粋に将棋を楽しめ」という言葉を思い出し、久々に将棋盤に駒を並べてみることにします。
実は竜介さんは、デザイナーになったことをきっかけに、将棋の駒の美しさに惹かれ、駒を蒐集することに夢中になっていた時期がありました。
その際、自分の身内に将棋の駒師になったものの戦争に徴兵され、戦死した大叔父の存在を知ります。
身内に将棋関係者がいたことに興味を持った竜介さんは、熱にうなされたように、大叔父の足取りを追うことにしました。
…という、以後は、奨励会をやめた直後の竜介さんの思い出が語られていくってお話なんです。
この大叔父さんなのですが、地元で厄介者扱いされ、故郷を追われるように東京に出ていき、誰かに師事して駒師となり、玄火という号で独自の書体「無月」を使った駒を完成させるものの、その直後に赤紙をもらい、マレーシアで戦死してるんですね。
竜介さんはどうしてもその無月の駒が見たくて、駒の行方を追って旅をします。
それはなんかこう、ありがたいお経をもらいに天竺まで行く御一行みたいな波乱万丈で(あ、闘いとかはないんですけどね)、その旅を通していろんな人に出会って、竜介さんが新しい人生を生きていくための気力を手に入れていくように読めて、なんというか「ああおれも若い頃は絵描きになりたかったにゃあ〜」とは思わずにはいられないわけですよ。
一方で、子どもの頃の夢が叶わなくても人生そこで終了かと言われたらそんなことはなく、なんやかんやで意外となんとかなるものってのも、生き抜いてみるとわかるものです。
48歳の竜介さんが純粋に将棋を楽しむことができるようになったように、ぼくもお絵描きをエンジョイできているわけですし、こんなに楽しめる趣味がある人生ってのもそれはそれで豊かなことだと思います。
そんなことを考えずにはいられない、中年の夢が詰まった小説でございました。