改めて考えてみると、結婚というのは面白いもので、ぼくら世代だともうほとんどは恋愛結婚なわけですが、はじめは「あの人いいなぁ」って感じで気になりはじめ、すったもんだのなんやかんやの押したり引いたりの末に、交渉成立すれば恋人同士という甘い関係となることができ、いよいよというタイミングで結婚して「他人」から「家族」になり、するとそれまでは見えなかった(見なくてよかった)いろんなしがらみにも直面してみたり、そーこーしているうちに子どもでもできたらいよいよもう「戦友」みたいになっていくわけですね。
そこにはそれぞれの個人の価値観や性格、バックグラウンドから組み合わせは無限大で、「理想の結婚」なんてのはつまり蜃気楼の先にかすかに見えた仏様みたいなものなんだと思うんです。
そんななかで、自分の物差しで「まあ及第点でしょ」って思えたペアが幸せなのだろうと。
なんかそんなことを読みながら考えてしまったのが中島京子さん著の小説『オリーブの実るころ』でした。
この小説は、6つの愛と家族にまつわる物語が綴られた短編集なんです。
以下、あらすじを紹介する程度のネタバレがあります。
最初の「家猫」というお話は、夫を7年前に亡くし、40を過ぎた独身の息子がいる女性の主観で始まります。
この息子は、20代の頃にいちど結婚したものの離婚してしまい、以後「結婚は面倒臭い」と言ってて心配です。
とはいえ有名私大を卒業し大手企業で部長を務める自慢の息子なので、そんじょそこらのお嬢さんでは不釣り合い。
早くいい人を…と思っていたところ、最近息子は一人暮らしのマンションで猫を飼い始めたようで、ペットを飼うことでまた婚期が遅れなければいいのだけども…といった感じで始まるのですが、その後物語の主観はこのお母さんから、息子、息子の元嫁と代わっていき、最後に猫の主観で語られることで全貌が見えるようになっていて「そーいうことかあー!」ってなるんです。
なんて巧妙で面白いストーリーテリング!一気に読む手が止まらなくなりました。
続くお話「ローゼンブルクで恋をして」は、定年退職し妻に先立たれた馬淵豊さんという74歳の男性が主人公です。
馬淵さんは、ある日突然息子夫婦に「終活をしてみようと思う」と言い出します。
流行りのアレかと思った息子は「いいんじゃないの?」と軽く言うのですが、数日後お父さんが失踪します。
父さんが向かった先は、瀬戸内海の海に面した街の選挙事務所で、38歳のシングルマザーの候補者の支援ボランティアに登録していたのでした。
お父さんの終活とは?
この話のラストも、ホロっとせずにはいられないいい話。
3つ目の物語である「川端康成が死んだ日」は、40年以上前に当時小学生だった自分を置いて失踪した母親が亡くなったと知らせをうけた女性の、母親と暮らしていた頃の思い出話から始まるお話です。
その後も、結婚相手がガリップと名付けられた白鳥を飼っていて、どうやらガリップは自分と旦那が「つがい」だと思ってる様子だと感じている陽子さんの、30年に及ぶ結婚生活のお話「ガリップ」や、家の向かいに新しくできたテラスハウスに越してきたのはツトムさんという品のいいお爺さんでしたが、若い頃にこの辺りで結婚生活を送っていたらしい、というお話「オリーブの実る頃」、結婚の報告を旦那の両親にすることになったのだけど、両親は離婚していたので個別に会いにいくことになる「春成と冴子とファンさん」という物語が続きます。
これらがまーどれも面白くって、ぼくは一気に読んでしまいました。
こんなに楽しく読めたのは、子孫繁栄という遺伝子の宿命を結婚という物語で包んだ人間の業なのでしょうか。
当たり前のような気がしてましたが、たまにこんな感じで当たり前を揺さぶる物語に出会えるのが読書の面白いところですね。