「〜しなければならない」からの解放

先日、日々のタスク全てを「死ぬまでの暇つぶし」と思うととっても心が軽やかですって話を書いたんですね。

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この件に関連して、さらなる気づきというか発見がありまして、全ての物事を「暇つぶし」と思うことで「〜しなければならない」という気持ちからも解放されるんじゃないか?ってことに思い至ったのです。

全ての物事は優劣のつかない暇つぶしだとするならば、「しなければならない」ってほど大事なことも存在しないってことです。

別に、自暴自棄な刹那主義になりたい、ということではないんですよ。

もちろん社会的な責任は全うしなければならないし、人様の迷惑にはならない行動を心がけなければなりません。

ただ、気がついたら「あれしなきゃ」「これしなきゃ」って毎日思ってたり口にしてたりするじゃないですか。

そしてそう思うことで自分に足枷をつけてしまってるような、もっといろんな選択肢があるかもしれないのに、そんなものには目もくれず、盲目的に自分が決めた「あれしなきゃ」「これしなきゃ」ってものに人は猪突猛進してしまうわけですよ。

もし、そんな気持ちから解放されることで、今まで気づけなかった道端のキラッと光る宝石が視界に入ってきたり、その宝石を大事に磨いてみたら億万長者になってしまったりするかもしれないですよね。

何より「あれしなきゃ」「これしなきゃ」って思ってたことがうまくできなかった時のストレスから解放されるんじゃないかと思ったんです。

結構いいんじゃないかなーって思うんですよ。

これもやっぱ、マインドフルネス瞑想してて思い至ったんですよね。

ただ、ぼくには1つ大きな障壁がありまして、たまにブログに書いてる通り、ぼくは朝起きたらその日の予定を30分刻みで組み立てたり、日々の雑務をルーティンにしてしまって半自動的に回すことを習慣にしてるんですよね。

これってちょっと「しなければならないからの解放」とは相性悪いなーって思うんですね。

この噛み合わせをいかにするかが肝要だと感じています。

まあ、またゆっくりと空でも眺めながら考えてみようと思っています。