『雪の階』頭のいい人と対面した時に感じる「畏怖の念」

頭の良い(キレる)人と相対した時、自分の全てを見透かされてるような怖さと、逆にさっぱりこちらからは見通せない相手の底を見渡したい欲求からくる魅力と、この両方を感じることってありますよね。

「畏怖」とか近いかもしれません。

今日感想を書こうと思っている奥村光さん著の小説『雪の階』は、そんな気持ちを抱かせる美女が主人公の物語で、話がどう転がっていくのか先が読めず、ちょっと難しい文体なので行ったり来たりしながらも夢中で読んだお話でした。

雪の階 (単行本)

雪の階 (単行本)

  • 作者:奥泉 光
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2018/02/07
  • メディア: 単行本
 

 以下、あらすじ紹介程度のネタバレがありますのでお気をつけくださいね!

昭和10年の東京に暮らす伯爵令嬢

女子学習院高等科に通う「笹宮惟佐子」さんは、20歳の美人さんです。

同級生たちが立派な家柄の男性との結婚の話で持ちきりの中、すれ違う人が息を飲むくらいの美貌を持ちながら彼女が目下夢中になっているのは囲碁と数学で、周りからはちょっと「変わり者」扱いされている節があります。

ちょっと『デスノート』の「L」っぽい印象を受けました。

しかし、Lと違うのは彼女が社交的で、場違いなことを頭では考えながらも、周りに合わせようとしているところです。

そこがさらに「我を通す天才」を超えた「空気を読んでる頭のいい人」に見えて、一層「近寄りがたい魅力」に感じられました。

物語は、華族界隈での惟佐子さんの立ち振る舞いの様子を知る場面から始まるのですが、事件がおきます。

交友関係の広くない惟佐子さんにとって「親友」と呼べる「宇田川寿子」さんが、富士の樹海で男と心中自殺したというのです。

この自殺を不審に思った惟佐子さんは、むかし自分の「おあいてさん」だった、現在は新聞社に勤める女性カメラマンの「牧村千代子」さんに調査協力を依頼します。

「おあいてさん」とは、高貴な家柄の子にあてがわれる遊び相手のことだそうです。

2人は立場の違いを弁えながらも、姉妹のような間柄をゆるく続けていました。

惟佐子さんに頼まれた千代子さんは、先輩記者である「蔵原」さんに協力してもらいながら調査を開始するのでした。

本筋は単純明快、でもいろんな要素がてんこ盛りなんです。

物語の本筋は、寿子さんの死の真相を追う話なんですが、そこに至る経路の物語がとても面白いんです。

寿子さんの死には「昭和10年」という、ヒトラーを手本に「神国日本」を掲げて冷静に考えれば勝てる見込みもないアメリカとの戦争に乗り出そうとしている軍部と政界、国際情勢に国内の右左それぞれの勢力(しかも一枚岩ではなさげ)などなどのゴタゴタが複雑に絡んできます。

この謎に、惟佐子さんは内側から、千代子さんは外側から迫っていきます。

また、惟佐子さんは自分の同じタイプの人間であった寿子さんが「恋に溺れて道を踏み外すことなどあるのか?」「恋とはそれほど人を狂わすものなのか?」と疑問を抱き、事件の謎を追うのと並行して、人の愛欲について検証することにします。

権威ある人たちを相手にしてるはずなのに、まるでモルモット相手に実験してる研究者のような、そんな印象です。

「絢爛豪華な外見の裏に隠れた醜いものを純粋な興味で覗き見る惟佐子さん」という構図が何度も登場し、その様子はある種グロテスクであり滑稽でした。

一方で、千代子さんはいわゆる「モダンガール」として描かれます。

社会人として自律し、流行を楽しみ、恋に一喜一憂する「昭和の新しい女性像」です。

事件を追いながら、蔵原さんという「尊敬する先輩」を次第に「男性」として意識していくようになります。

その辺は少女漫画のような展開も見せ始めます。

自分もいつかは政略結婚させられる身であると自覚しながらも、古い体質のドロドロの社交界の中を自由に泳ぐ惟佐子さんパートとのコントラストがすごいです。

犯人は割と早い段階で見当がつく

実は「犯人はこの人なんでしょ?」って、かなり早い段階で示唆されます。

でも「本当にそうなのか?」「真相にどうたどり着くのか?」って部分で読まされて、とにかく先が気になる展開でした。

そして、これは書いてもいいと思うんですが、物語は最終的に「二・二六事件」の「こうだったのかもしれない」真実に向かっていくんです。

戦前の社会の風景

この時代の社会情勢なんですけどね、純粋な日本人だけを尊いものとし、徹底した排外主義を貫く様子が描かれるんです。なんか、移民を受け入れず「日本すごい!」って言ってる今の世の中に似てるなぁ~、なんてつい思いました。

一応、事件は解決するんですよ。でも、時代的に「これからいよいよ!」ってタイミングですよね。

惟佐子さんと千代子さんは、この後どうなっちゃうんだろう~?という強い余韻を持たせるお話でした。

昨年の秋頃『三体』を読んだんですよ。

rito.gameha.com

 

あの作品が、あまりにこってり過ぎてその後ちょっと他の小説が薄味に感じられてしまって「これはまずいな」って思ってたんです。

そんな時に、またこってりな小説に出会えて本当に楽しかったです。

どっぷり「読書」を楽しみたいって時におすすめです!